金をかけずに人生を建て直す9つの方法

               著:齋藤 真行

 

目次

 

1 「生存する」ための費用を削る

 

2 「娯楽」をやめる

 

3 「自己責任フィクション」を引き受ける

 

4 「自分の価値観」を求める

 

 図書館を最高に活用する

 

 資源をパソコンとインターネット関連に投入する

 

 「自分の商品」を持つ

 

 仕事の「かけ持ち」「かけ合わせ」をする

 

 孤独を前提として生きる

 

 

 

 

 

 

 

 日夜ニュースを通して目に飛び込んでくる事件には、目を覆いたくなるものが多くあります。

 

 貧困や生活苦を理由に、子供や高齢者、父や母、将来のある青年が命を絶っています。心理的な重荷や病を背負って仕事を失ったことがきっかけで、人生が狂ってしまうこともあります。「生きること」そのものが、非常に厳しく、喜ばしいものと思えないような時代に突入しています。

 

 いろいろ調べてみると、いまの時代はどんなことでも「お金」がかかります。心の病を治したいからというとき、カウンセリングを受ける料金も非常に高額で長期的に続けるのは困難です。また、一度仕事を失ってしまうと、次に就職するためには資格や経験が必要ということになり、なかなか次のステップに行けないこともあります。

 

 「この会社に入るためには、あの資格や経験が必要。この資格や経験を得るためには、他の学びが必要。その学びをするためには、こちらの学校に行く必要があり、そこは学費が一年間100万円以上かかるが、そのようなお金も力も、自分にはない」

 

 こうした状況に置かれている人が大勢いるのではないでしょうか。ある程度安定した働きをするために必要な「条件」を満たすためには、多額の「お金」が必要なのです。そして、ひとたびまとまった「お金」を出すことができない状態になると、生きる道が閉ざされてしまうのです。

 

 そして、この「お金」が用意できないときは、働きのための「条件」や「資格」を得ることもできず、結果的に仕事に就くこともできない。つまり、「お金のあるなし」が、その後の仕事や収入、生活の安定のカギを握っているのです。

 

 では、その「お金」はどこから出てくるのでしょうか。

 

 一般的に、子供や青少年の場合は「両親」がそのお金を出すことになります。家庭がある程度豊かで安定しているなら、そうした家の子供は大きなアドバンテージを持っていることになります。両親がある程度経済的に安定しており、健在であるうちは、頼ることができるからです。

 

 しかし、今の時代最も危機的な状況にあるのが、この「家庭」というものでもあります。

 

 両親が離婚したという子供が大勢います。非常に複雑な家庭環境のうちにあり、とても教育を受けるためのお金を出すことができない家庭もあります。ひどい場合には、虐待やネグレクトも起こっていますし、両親の不和が日常的で、離婚すれすれの家庭も多くあります。

 

 両親の援助がない場合、子供たちがどうしても大学に行きたいなら、奨学金をもらうということになります。しかしこの返済も額が大きいため、数十年にわたることが普通です。返済の途中で心の病気にでもかかって仕事をやめてしまったら、厳しい状況に落ちることになります。

 

 私たちの時代は、「どの家庭に生まれるのか」によって、教育程度や能力にも大きな差異が生まれ、成長過程でどのようなサポートを周囲から受けることができるかによって、本人の仕事の希望も大きく左右されてしまうのです。

 

 そして、家庭やサポートに恵まれない人々が、非常に多くおり、その人々が社会にあって再起する方途がなかなか見出せない時代です。

 

 どこの企業もグローバル化の競争にさらされて厳しい状況であるため、社員を育てようという余裕を失い、即戦力となる人材を求めています。年齢や能力の条件が合致しないと就職そのものが困難ですし、就職できてもなおその後、過労や心理的ストレスのリスクが待っているのです。

 

 現代社会は「家庭的に恵まれない」というだけで、一生のハンディを背負う部分があるのです。しかもこの最も重要なファクターである「どこの家庭に生まれるのか」ということは、本人はただ「与えられる」ものであって、自己責任の範囲外の事柄です。

 

 自己責任の範囲外の事柄によって、人生の非常に大きなファクターが左右されるということでは、やはり恵まれない状況に生まれた人々は、人生を向上していくモチベーションを失ってしまうのではないでしょうか。また、そうした人々が向上する機会を閉ざされる社会は、到底豊かとはいえないでしょう。

 

 本書は「恵まれない状況を背負い、人生が壊れたというときでも、なんとか人生を建て直していく方法」について考えてみました。お金がなくても、人生をやり直すことができる可能性について、いろいろと考察しています。

 

 中心のコンセプトは、「自分に与えられている資源(リソース)を『人生の向上』に向かって最適化すれば、人生を建て直すことができる」ということです。

 

 いま与えられているお金、時間、人間関係、知識など、すべてを適切に配分して方向付け、新しく将来に向かって活用することができれば、人生に好循環が生じ、建て直すことが可能になるのです。

 

 本書は、できるだけお金をかけない人生を建て直す方法について考えるものですが、住居やお金など基本的な資源がまったくない場合には、有効ではありません。

 

最低限の住居やお金は持っているという状態からの出発を想定するもので、もしこうした基盤もないなら、最低限は基盤を整備するところから考える必要があります。こうした部分については本書では触れておりませんので、そちらについては他の情報を御覧ください。

 

 「今後、どう生きていけばいいのか」と問いかけつつ、困難のうちにある方々が、ささやかながらであっても本書を通して生きる希望を見出して頂ければ、感謝でございます。

 

 

 

1 「生存する」ための費用を削る

 

 人が生きるためには、生活必需品が必要です。最低限の住居、食べ物、衣類等が必要です。これらは、人間が生物として「生存する」ための費用ですが、その質や価格はピンからキリまであります。

 

 住居一つとっても、非常に高級なものから、安い家賃のものまでありますし、食べ物も同じです。水であっても、高額なものもあれば、水道水もあります。

 

 肉体的に「生存する」ための費用が、「生活水準」と直接に関わっているわけですが、実は生活のなかでこの部分が、一番お金のかかる部分になります。

 

 住居、食べ物、衣類など、「価格の上限やクオリティには限りない」ものですから、最も欲望を満たす快楽におぼれやすいところです。

 

 かかる費用を最も削りやすいところも、この部分です。この部分に、生活の基本的な基盤があるため、品物のランクを落とせば、費用を容易に落とすことができます。

 

 人生を建て直す活動をしていくうえで、生活水準を高く保ったままでは、まず成し遂げることはできません。生活ランクを、健康に生きるために必要な最低限のところにまで落として、かかる費用を可能な限り縮減する努力が必要です。

 

 「実家」があるなら、実家で生活させてもらう。実家がないなら、可能な限り安い家賃のところに住む。食べ物や衣類も、健康を守るための最低限のものとする。

 

 「お金をできるだけかけずに人生を建て直す」ということは、「人間の身体的生存以外の部分を通して、人生を建て直す」ということにほかなりません。

 

 生活必需品、生活基盤の部分に最もお金がかかるため、ここの費用を縮減できないと、人生を建て直す前提そのものと可能性が崩れてしまうことになります。

 

 人生を建て直すときに必要なのは、まず「生存そのもののためには、できる限りお金を使わない」ことです。

 

 食べ物は、たとえば「玄米」を食べるようにすると、野菜や肉が少しでも栄養が満たされ、健康にもよく、量を食べてもお金がそれほどかかりません。衣類は、おしゃれかどうかという美的な部分よりも、清潔であることを第一に心がけることにします。

 

 「生活必需品」に費用をかけてしまうと、「身体的に生存しているだけで、お金を全部使ってしまう」ことになるのです。

 

 「生存する」というのは、身体的に健康に生きていることですが、これは「よりよい人生を送るための手段」であって、目的ではありません。

 

 身体的な健康や快楽のためにお金を多く使ってしまうほど、人生を建て直すのは難しくなります。人生を向上させるための、他の領域に投資ができなくなるからです。

 

 食べ物や住居、衣類からくる「身体的快楽」よりも、もっと別の「快楽」に満足するように、自分自身を方向付けていく必要があります。

 

 食べ物や衣類、住居よりも、精神的、人間関係的、霊的な満足の方を求めるべきなのです。これらは、必要となるお金の額がまったく違います。

 

 「生存」以外の方向を向いて生きないなら、「生存するために働く」ということになってしまい、人生の目的がまったくの主客転倒状態になります。人生をより良い方向にもっていくは、ほぼ難しくなります。

 

 「働いてもらったお金を、人生の向上のために使う」という習慣ができてこそ、人生を建て直すことができるのです。

 

 身体的に「生存する」ための費用を削ることができれば、残ったお金を人生のクオリティを高めるために使うことができるのです。

 

 「生存」するための領域にお金をかけるほど、「人生の向上」のためにはお金を使えなくなり、クオリティをあげることができなくなり、その結果悪循環のなかに巻き込まれてしまうのです。

 

 可能な限り、「生存のための費用」を削ることで、「人生の向上」のために投資できるようにする。これが、人生を建て直すための前提です。

 

 これは、「欲望の放棄」が求められるため、ある意味非常に厳しいことかもしれません。

 

 だれでもおいしいものが食べたいし、快適な住居に住みたいし、素敵なおしゃれがしたいでしょう。

 

 しかし、そのような身体の領域の快楽を求め続けてしまうと、人生を向上させる方向に歩むことができません。

 

 「生存する」ことは手段であって目的ではなく、目的はむしろ「社会に貢献する」ことなのです。

 

 ということは、「社会に貢献できる人間に成長する」ことが、「人生の向上」であり、クオリティがあがるということなのです。「人生の質(クオリティ・オブ・ライフ)」を「貢献」に見出し、「身体的快楽」には見ないようにする、ということです。

 

 そして、「社会に貢献できる人間になる」ためには、「生存」の領域以外のところにお金を使い、継続的な学びをしなくてはならないのです。

 

 現代は「情報社会」であるため、「社会に貢献する」というのは、いろいろな意味での「情報処理」ということと、深く関わっています。

 

 そうした領域に投資していくためには、「生存する」部分をかなりの程度縮減していかないと、どうしようもありません。

 

 快適な家、おいしい食べ物、素晴らしい衣類は、ある程度お金が与えられたときに買えばいいのであって、人生を建て直すときにこれらを求めていては、悪循環に落ちていくだけです。

 

 

 これが、人生を建て直すための、最も基本的な部分になります。