子供が輝く言葉かけ

齋藤 真行

 

目 次

1 子供と大人の葛藤

 

2 子供の「快楽原則」を受け入れる

 

3 子供は「無意識」を生きている

 

4 「信頼」に基づく肯定的言葉かけ

 

5 「子供の未来」を信じる心

 あとがき

 

 

 

 

 

 

 

1 子供と大人の葛藤

 

 朝がきました。お父さんは早くに会社へ出ていきます。お母さんはご飯を用意して、子供を保育園へ連れていく準備をしています。

 

 「そろそろ起こさないと、また遅刻するわ」

 

 お母さんは寝室に行き、「もう朝だから、起きなさい」と言いました。子供は「うーん」と言って、寝返りを打っただけで、起きません。

 

 お母さんは、子供をどうやって起こそうか考え、こう言ってみました。「ねえ、今日は大好きなヨーグルトとバナナジュースがあるよ。おいしそうだよ」

 

 子供は目をちらっと開けましたが、また寝てしまいました。

 

 お母さんは、今度は「起きて、起きて」と言いながら子供をゆすってみました。子供は「保育園行きたくない」とつぶやいて、寝ようとします。

 

 チクタクチクタク時間が過ぎていくのを感じます。お母さんはイライラしてきて、少し声を荒げて「もう起きないと遅刻する。起きなさい!」と言い、布団をはぎました。

 子供は「さむいー」と言って、ようやく起き上がりました。

 

 気づくと、時間がかなり過ぎています。「早く着替えて、朝ご飯食べて!」とお母さんは大きな声で言います。ところが、子供は寝室から出てくると、そこに落ちていたおもちゃで遊び始めました。「ぶー」とか「ぼかーん」と空想して遊んでいます。時間はどんどんたっていきます。

 

 お母さんはイライラが募って、だんだん腹が立ってきました。これから仕事に行かなくてはいけないのに、子供はこちらの都合などおかまいなしに遊んでいます。

 

「早く着替えてご飯食べてって言ってるでしょ!」とお母さんは怖い声で言いました。子供は、嫌々ながらの態度をたっぷり見せながら、「でも遊びたい」と言います。

 

チクタクチクタク。イライラと腹立たしさが高まってきます。

 

 お母さんはこのままではらちが明かないと思い、「さ、着替えて!」というと、無理に子供を着替えさせました。着替えさせている間、お母さんは「なんであなたは言うことを聞けないのかねえ。本当に疲れる。大変」という言葉を何度もつぶやいています。

 

 子供を食卓に座らせると、お母さんは「食べなさい」と言いました。ところが、子供は「このたまご焼き、なんかおいしくなさそう」「本当はご飯じゃなくて、パンがよかった」「なんでバナナ味なの? リンゴ・ジュースがよかった」などと、腹立たしいことをつぶやいて、なかなか食べようとしません。

 

 お母さんはなんとか食べさせようと、「このふりかけ、とてもおいしいのよ」「このたまご焼きはふわふわだよ」など言っていましたが、子供は嫌々を繰り返します。

 

 お母さんも煮えくり返って、「いい加減にして! ママも時間がないの。また遅刻するわよ。さっさと食べないなら、もう無理やりに保育園に連れていくから! もう食べたくないなら、食べないでいい!」と叫びました。

 

 子供はびっくりして、わっと泣き出しました。取り乱して食卓を叩きながら、「ママわるいー、ママわるいー」と泣き叫んでいます。

 

 お母さんはひっぱたきたくなる衝動を感じましたが、ぐっと飲み込んでどうすればこの場を切り抜けて、子供を保育園に連れていくことができるかを考えました。時間もない以上、こうなれば非常手段を使うしかないと思い、保育園に行く途中で菓子パンを買ってやり、食べさせながら行くしかないと考えました。

 

 そこで、「コンビニでおいしいパン買ってあげるから、行く?」とやっとの思いで聞きました。子供は泣き止んで、「おいしいパン? 行く!」と言いました。

 

 「しめた!」と思ったお母さんは保育園の荷物をもつと、子供を引いて車に乗せて、なんとか保育園に向かって出発しました。

 

 ところが、車に乗ると子供は「本当はもっとおもちゃで遊びたかった」と愚痴を言い始めました。お母さんは「保育園から帰ってきたら、一緒に遊ぼうね」と言いましたが、どうも不機嫌です。コンビニでパンを買ってやりましたが、悲しげな様子はなおりません。

 

 保育園について先生のところに連れていくと、子供は涙目になって「行きたくない」と言いました。先生とお母さんは、「今日は楽しいこといっぱいするよ」と言いましたが、子供の顔は曇ってきて、「ぎゃー」と泣きました。先生が子供を無理にだっこしたので、お母さんは「お願いします!」と言ってさっとそこを離れました。

 

 「ぎゃー」という子供の泣き声が後ろに響いていました。

 

 

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 子育てしている人なら、このような朝をだれもが経験すると思います。

 

 子供には、大人社会の「ルール」というものがわかりません。

 

「保育園には8時半までに連れていかなくてはならない」

「9時までには会社に出勤しなくてはならない」

「部屋はきれいに片づけておかなくてはならない」

「子供にご飯をしっかり食べさせなければならない」

「決して遅刻をしてはならない」

 

 大人はだれでも基本的な社会ルールに従って動こうとします。しかし、子供はそうではありません。

 

 フロイトという心理学者は、人間は身体的、精神的に幼いほど「快楽原則」に従うものだ、と言いました。つまり、未発達の子供の行動基準は、「楽しいかどうか、気持ちいいかどうか、快適かどうか」なのです。

 

 大人は、「現実原則」に従おうとします。現実的に社会のただなかでうまく家庭と仕事を運営していくことを第一に考えるのです。

 

 子供と大人の行動原則は、天と地ほどに異なっているということです。「快楽原則」と「現実原則」は、基本的に葛藤・対立するところがあります。

 

 さきほどの「ある朝」の例で言うと、「遊んでいたい、好きなものが食べたい子供」と、「保育園に定時に連れていき、仕事にしっかり取り組みたいお母さん」は、行動原則が異なっているため、葛藤・対立してしまいます。子供の好きなようにさせていては、お母さんの生活が成り立ちません。お母さんの言いなりに子供がなっていれば、子供は好きなことができず、欲求不満がたまって泣き出します。

 

 ここに、親子の永遠の課題があるようにも思います。「現実原則」と「快楽原則」の葛藤です。

 

 親は、もちろん子供がしたいようにさせてやりたいと思います。時間があるときは、遊ばせてやりたいし、好きなものも食べさせてやりたい。余裕があるときは、もちろん子供の言うことを聞いてやれるでしょう。

 

 しかし、大人には大人の時間の流れとルールというものがあります。時間と心に余裕のないときは、子供のしたいようにさせることができません。それをしてしまえば、大人自身の予定や仕事の都合を大幅に変えなくてはならなくなるからです。

 

 「快楽原則」に従ってわがままを言い続ける子供に対して、なんとか現実をうまく回していこうとする大人は、どのような言葉をかけることができるでしょうか。

 

 これは、幼い子供だけでなく、およそ大人になるまでのすべての子供の課題です。

 

 小学校や中学・高校に行っても、「友達と遊ぶ。ゲームをする」ことと、「勉強する。自分を向上させる」ことの葛藤があります。

 

前者は「快楽原則」、後者は「現実原則」に従うことです。快楽原則にばかり従っていれば、成績は落ち、受験にも失敗して、成長過程が阻害されることになります。

 

 成人して社会で働くようになったら、少なくとも仕事をしている時間帯は「現実原則」に従って生きることができないと、社会的不適応になります。就職しても遅刻したり、期限までに仕事ができないなら、会社からも解雇されてしまうでしょう。

 

 つまり、人間が一人前の大人になる、社会的に自立することは、心理学的には「快楽原則」から「現実原則」に行動基準が移行することだと言えます。子供にとって自然な形、負担が少ない形で、「快楽原則中心」のあり方から、「現実原則中心」のあり方へと脱皮することが、「自立する」「成人する」ことの意味です。

 

 

 それでは、子供がごく幼いときから自立するまで、親や子供を支える立場にある人々は、どのような関わり方をすればいいのでしょうか。どのように言葉をかければ、よい形で「快楽原則」から「現実原則」へと子供を導くことができるのでしょうか。